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富山大学大学院・医学薬学研究部(医学) 井ノ口 馨 平成29年1月27日発表

Overlapping memory trace indispensable for linking, but not recalling, individual memories.

  • ◯Yokose J, Okubo-Suzuki R, Nomoto M, Ohkawa N, Nishizono H, Suzuki A, Matsuo M, Tsujimura S, Takahashi Y, Nagase M, Watabe AM, Sasahara M, Kato F, ◎Inokuchi K.
    (◯:筆頭著者名, ◎:代表著者名)

Science, 355: 398-403. doi:10.1126/science.aal2690 (2017)

  • ポイント
  • ・記憶同士が関連づけられる際に、それぞれの記憶を司る記憶痕跡細胞集団がオーバーラップするが、その役割は不明だった。
  • ・オーバーラップした記憶痕跡細胞集団は記憶の関連づけ(連合)のみに関与し、それぞれの記憶を思い出すためには必要ではないことを明らかにした。
  • ・個々の記憶に影響を与えることなく、記憶の不要な結びつきのみを切り離すことも可能になり、精神疾患の新たな治療法の創出にもつながると期待される。

マウスで、個別に形成された記憶同士が繰返し同時に思い出されるような場合に、脳内のある特定の神経細胞集団がそれぞれの記憶同士を結びつけていることを初めて明らかにしました。
私たちは脳に蓄えられているさまざまな記憶情報を関連づけることで、知識や概念を形成していきます。それぞれの記憶は特定の神経細胞集団(記憶痕跡細胞集団)によって脳内に蓄えられており、記憶同士が関連づけられるときにはそれぞれの記憶を司る細胞集団同士がオーバーラップすると報告されていますが、オーバーラップした細胞集団の役割は不明でした。
私たちは、マウスを用いて味覚嫌悪学習(CTA)注1)と音恐怖条件付け(AFC)注2)の2つの連合記憶を関連づける高次連合実験系を確立しました。CTAはサッカリン水溶液と塩化リチウムによる内臓倦怠感、AFCはブザー音と電気ショック(それに対するすくみ反応)がそれぞれ関連付けされる学習です。それぞれの条件刺激注3)(CTAではサッカリン水溶液、AFCではブザー音)を連続して同時に思い出させると、本来別々に得られたCTA記憶とAFC記憶が関連づけられました。すなわち、サッカリン水溶液を飲むと、ブザー音を聞いた時のようにフリージング(すくみ)反応を示すようになりました。
その時、CTA記憶とAFC記憶を司る扁桃体では、各記憶に対応した記憶痕跡細胞集団のオーバーラップが増えました。逆に、記憶を思い出した時に、オーバーラップした記憶痕跡細胞集団の活動のみを実験的に抑制すると、2つの連合記憶同士が連合する割合が低減しました。一方で、CTAおよびAFCそれぞれの記憶、すなわちオリジナルの記憶の想起は正常のままでした。これにより、オーバーラップした記憶痕跡細胞集団は記憶の連合のみに関与し、それぞれの記憶の想起には必要ではないことが明らかになりました。

記憶が関連づけられる仕組みに関する今回の研究は、知識や概念の形成といったヒトの高次脳機能の解明につながる成果です。また、関連性の弱い記憶同士の不必要な結びつきは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を始めとする精神疾患に密接に関わっていることから、今回の成果はこれらの疾患の治療法の創出につながると期待されます。



図1 連続した同時想起(記憶連合誘導)により生じた記憶間相互作用

上段:繰返しの同時想起後のCTA記憶テスト時におけるサッカリン水溶液の初回摂取後5分間のフリージング反応。
下段:オーバーラップ(重複)した記憶痕跡細胞集団に基づいた記憶連合の仮説モデル。ベン図(円)はCTA記憶の想起時とAFC記憶想起時に活動した記憶痕跡細胞集団を示す。サッカリン水溶液の提示によりCTA記憶痕跡細胞集団が活動する。その時活動した重複記憶痕跡細胞集団を介してAFC記憶痕跡細胞集団が活動し、フリージング反応を引き起こす。


図2 CTA-AFC記憶間連合誘導後のcatFISH解析

連続した同時想起後におけるCTA、AFC記憶想起に伴い活動した扁桃体領域での記憶痕跡細胞集団。CTA記憶想起時に活動した細胞はマゼンタ、AFC記憶想起時に活動した細胞は緑で標識される。どちらの記憶の想起時にも活動した細胞(マゼンタと緑の両方で標識)を矢印で示した。記憶連合の形成により、扁桃体領域において、コントロール群に比べ各記憶に応答する神経細胞集団のオーバーラップ率の有意な増加(9.1% から15.2% へ)が認められた(右側:ベン図の黄色い部分参照)。


図3 オーバーラップした記憶痕跡細胞集団の光遺伝学的な活動抑制

上段:本実験の結果を示した模式図。
下段:オーバーラップ(重複)細胞集団のみをArchTで標識した。連合記憶想起時に光照射で重複細胞集団の活動を抑制したところ、連合の結果生じるサッカリン水溶液によるフリージング反応が一過的に低減した(中央図)。一方で、元々のCTA記憶、AFC記憶の想起に対しては、重複細胞集団の活動抑制による変化は認められなかった(左側図および右側図)。
左側図:CTA記憶想起時の学習評価(嫌悪指数:マウスがどれだけサッカリン水溶液を忌避しているかを示す指標。数値が破線より上部においてCTA記憶が保存されていることを示す)。
右側図:AFC記憶想起時の学習評価(AFC記憶が保存されていることを示している) 上記グラフ上の黄色い四角は重複細胞集団特異的に光遺伝学的な活動抑制を行った時点を示す(NS:有意差無し)。



<用語解説>
注1)味覚嫌悪学習(Conditioned Taste Aversion task;CTA)
 給水制限したマウスに対して、サッカリン水溶液(甘い水)を摂取させた後、内臓倦怠感を引き起こす塩化リチウム溶液を腹腔内に投与することで、学習後において本来嗜好性のあるサッカリン水溶液に対して忌避反応(摂取の低下、拒否)を示すようになる。味覚情報を利用した記憶学習課題のひとつ。本研究では、総摂取量に対する蒸留水の摂取量の割合から嫌悪指標を求め、味覚嫌悪記憶を評価している。

注2)音恐怖条件付け(Auditory Fear Conditioning;AFC)
 マウスを足元に電線が敷かれた小箱(チャンバー)に入れ、ブザー音を鳴らしブザー音終了間際の数秒間電気ショックを与える条件付けをおこなう。その後、条件付けされたマウスを電気ショックを与えたチャンバーとは異なるチャンバーに入れ、電気ショックを与えた時と同じブザー音を鳴らす。その際に、マウスが示すフリージング反応の時間を計測することで学習を評価する。動物が危険を予測する際にとる聴覚情報を利用した一種の防御反応。

注3)条件刺激、無条件刺激
 条件刺激:動物に対してそれ自体では恐怖反応などを誘導しない音、光、場所(文脈)などの刺激。
 無条件刺激:電気ショックなどのように恐怖反応を引き起こす刺激。
 これらを対提示することにより両者の関連性を学習し、条件刺激のみで恐怖反応を示すようになる。本研究のCTAにおいては、条件刺激としてサッカリン水溶液、無条件刺激として塩化リチウムの腹腔内投与、一方AFCでは、条件刺激としてブザー音、無条件刺激として足への電気ショックを行った。

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